日時:
会場: |
平成17年5月14日(土)14:00〜16:00
仙台国際ホテル 2F(平成の間) |
シンポジスト |
・国土交通大臣 北側 一雄
・長岡市復興管理監(元新潟県越路町長) 大野 勉
・宮城県知事 浅野 史郎
・仙台市震災対策市民会議委員 伊藤 信一
・仙台市鈎取ニュータウン町内会 長京谷 国雄 |
コーディネーター |
・公明党宮城県本部災害対策本部長(県会議員)小野寺 初正 |
シンポジウム内容
小野寺
今日のシンポジウムは、想定されています宮城県沖地震に、どう備えていくかを皆様と共に考えていく、そういう場にしていきたいと思いますのでどうぞ宜しくお願いします。
シンポジストの皆様、本日は大変お忙しいところお出でいただきまして、大変にありがとうございました。特に大野勉長岡市復興管理監には大変遠いところありがとうございました。それでは、本日のテーマであります、宮城県沖地震にどう備えるかの内容の方に入りたいと思います。
今年は、阪神淡路の大地震が起きてから十年が経過した訳でございます。それ以後毎年のように震度6以上の地震が発生しております。昨年も、新潟県中越地震が発生をしました。宮城県はご案内のように特にいつ大地震が起きてもおかしくないという、そういう危機にございます。地震対策では日ごろの対策そして、地震時の対応そしてその後、復興の震災後の対応があります。また、地震の対策といいましても様々な対策があるわけですけど今日は限られた時間の中で日ごろの備えとそこらへんにポイントを置いて、進めさせていただきたいと思います。
それでは、実際に新潟県中越地震や、それ以外の地震でもけっこうですけども体験を通し、あるいは、現地に被災現場に赴いたそうした中から感じられた事についてお話をいただければと思います。それではこれは大野管理監のほうから是非お願いしたいと思います。
大野
はい、ご紹介いただきました大野でございます。都の杜仙台にお招きをいただき、また、このような場を与えていただきました事に心から感謝を申し上げます。
また、震災時におきまして復旧復興にあたり、ご当地宮城県の県民の皆さん、そしてまた公明党の議員団の皆さんから大変暖かい支援、そしてご声援をいただきましたことに、この場を借りまして厚く御礼を申し上げるとこでございます。
実は私ども、ひじょうに仙台は遠い遠いと思っておりましたが、先程も小野寺先生からお話がございましたが、若干3時間弱で着きました。日帰りの出来る許容範囲でございます。
今、長岡市は復興に向けて立ち上がっておりますが、長岡市の若い人たちが是非、復興に願いを込めて一日も早い復興をしようとのことで、実は長岡市は日本一の花火の打ち上げの地でございます。この八月の二日に若者たちが願いを込めて、世界一大きな花火「フェニックス」という花火を打ち上げさせていただきます。近いところでございますので宮城県民の皆様も是非、長岡の花火をごらんいただきたいと、こう思っております。そのころには少し復興のほうも進んでいるのではないかな、とこう思っておりますのでよろしくお願いをいたします。それでは私のほうからちょっと教訓のほうを・・・。
小野寺
ちょっと、順番のほうを私のほうで間違えましたので、ではあのご挨拶のほうを最初にですね、北側大臣のほうから宜しくどうぞ・・・すいませんが・・・。
北側
なにしろ、初めてのものですからお許しいただきたいと思います。
では、皆さんこんにちは。ご紹介いただきました、国土交通大臣の北側一雄でございます。今日はこのようなシンポジウムにお招きをいただきまして本当にありがとうございます。
まずあの、私はこういうシンポジウムを開かれることじたいがですね、ほんとに素晴らしい事でございまして、やはり日本という国は今始まった訳ではございません。もうずうっと昔からですね、地震、豪雨、火山災害等々ですね災害が多い国が日本でございます。そういう意味で災害に強い国土を作っていくというのは政治のまた行政のほんとに最優先の仕事であると思っております。
私、大臣に就任いたしまして二日目に台風21号がやってまいりまして、四国のほうにまいったんですけど、翌週は22号、その次の週は23号と、そして中越地震ということでなにもけして私が悪いわけじゃないんですが、ほんとに昨年はですね災害の多いとしでございました。災害はないほうがいいに決まっておりますけども、でも、避けて通れない訳でございまして、ほんとに災害が起こっても被害をいかに小さくするか、そこにですね、政治・行政の大きな課題があると思っております。全力を上げてですね取り組みをさせていただきたいと思っております。
今日、このような形でシンポジウムをされること、市民の方々がですね強い防災意識を持つことがすべての対策の大前提だと思います。そういう意味で素晴らしい私は、もようしであると思っております。今日のこの機会を通じまして防災の意識、また防災の対策に向けての取り組みが一歩進むことが出来れば、大変ありがたいと思っております。ほんと、ありがとうございます。
小野寺
それでは、浅野知事からどうぞ宜しくお願いします。
浅野
はい。私も今ここに来て驚いているのですけど、こんなにたくさんの方が地震災害の話というものはそんなに、おもしろおかしいものではないですけども関心の高さだと思いますが、心配なのはあの辺でずうっと人口密度高く立ってらっしゃる方がいて、ここに今、地震が来たらどうなるんだろうかと思うぐらいに、これちょっと消防法に違反じゃないかと思うぐらい、いっぱい入ってます。まあそれも関心の高さだと思います。
災害の中でもですね、水害だとか火災というものは一応防げるんですよね。でも、地震とか津波は、発生は防げないんですよね。防げるのは、被害が大きくなるのを防ぐということは出来る。だけど、地震を止めるということは出来ません。火災を防ぐことは出来ても地震を来ないようにすることは出来ない。そして、その中で宮城県は、必ず宮城県沖地震は、我々の生きている間に来るということなんで「災害は忘れたころにやってくる」じゃなくて「災害は忘れる前にやってくる」ということで、これは殆ど必然みたいなものなんですね。ですから我々の対策そして、それぞれの方々の思いというものも切羽詰ってる。まあ、それが今日これだけたくさんの方が来られているという理由だろうと思っております。まあ短い間ではございますけど私も一生懸命考えて皆様と共に少しでも被害を少なくする対策というのを考えていきたいと思います。ありがとうございました。
小野寺
仙台市の震災対策市民委員の伊藤信一様どうぞ宜しくお願いします。
伊藤
皆さんこんにちは。紹介に預かりました伊藤です。私はですね、一民間人として今日ですね、一昨年の宮城県北部の連続地震、それから、昨年の三条市の水害ですね。特に三条市に行きましたので三条市の水害の様、それから、中越地震ですね。この時に地元に行きましてですね、バスをチャーターしまして地震のときは三回ほどですね、水害のときは二回行きましたけど、そういう現場でのボランティア活動をした経験をですね、少しでも皆さんにお披露目してですね、防災に役立っていただければと思っておりますので、ひとつ宜しくお願いします。
小野寺
仙台鈎取ニュータウン町内会長の京谷国雄様、宜しくお願いします。
京谷
地震、雷、火事、おやじと、一世紀も前の話かな、あるいは、二十年か三十年前の話かな、今は、地震、火災、雨風、お母さん、お父さん、そのお父さんの部類にあたります、鈎取ニュータウン町内会長の京谷です。今日は町内会という立場からですね、地震災害対策ということで、お話をさせていただきたいとこう思っておりますので、私の場合は経験上からしか話のしようがないですから、あるいは皆さんの方がよくわかっている内容かもしれませんけれどもひとつ宜しくお願いいたします。
小野寺
先程は、大野管理監には大変失礼をいたしました。まだ持ち時間は、紹介の時間は残っておりますので、言い足りなかった分、教訓の面でお願いいたします。
大野
私もですね、今日は大臣や浅野知事さんと同席をさせていただいてかなり緊張をしておりますので、進行のほう宜しくひとつおねがいいたします。
小野寺
それでは北側大臣の方から、どうぞ地震のこれまでの被災地に行かれた等も含めて、教訓等ありましたらお願いします。
北側
はい。私は地元が大阪でございますので、十年前の阪神淡路大震災のあの日も私は大阪におりまして朝、5時46分だったでしょうか、寝ておりましてですね、たたき起こされました。横に女房がおったのですけども、前のタンスがですね今にも倒れそうになっているのをパァっと起き上がって支えたのを覚えております。
すぐさま被災地の方に行こうと思いまして、ところがまったく車が動かずという状況でございまして、その日は行けず翌日にですね、何とか被災地の方に入らせていただきましたが、ほんとに悲惨な状況でございました。まああの時のことは一生忘れない、忘れることが出来ないと思ってるんですけども・・・。
あの阪神の震災は、そういう意味では都会型のですね、都市に起こった震災でございました。やはりその、八割から九割はですね住宅の損壊によるですね、死者、また死傷者。被害は大半は住宅の損壊から生じました。また、住宅の火事から生じた訳でございます。
昨年、十月二十三日中越の地震がございました。私はもうその時、国土交通省の大臣になっておりましたので、翌日すぐさま被災地の方に行かせていただいた訳でございます。
この二つの震災の違いはですね、この中越の場合は、中・山間地で起こった地震でございました。山古志村をはじめといたしまして、多くの村が孤立をいたしました。そいうその阪神の場合とはまったく違った状況であった訳ではございますけれども、この教訓というのはたくさんあるわけでございますけれども・・・。
ひとつはですね、この阪神の震災からの教訓としては、やはり住宅、それから建築物、さらには、その他の公共建築物をはじめとする公共の構造物ですね、中越地震では新幹線が脱線しましたけども、そうした橋とか道路とかそうした耐震化をですね、やはりしっかり進めていくことが、この地震対策のですね、やはり大きな要点の一つだと私は思います。もちろんこれまでも、耐震化をやろうとしてきてる訳でございますが、まだ、住宅の方は25%の住宅はまだ耐震化が進んでおりません。実を言いますと、この耐震化の建築基準法での要件はですね、宮城県沖の昭和五十三年にありました地震を契機にですね、建築基準法が改正になりまして、耐震基準を厳しくしまして、それ以降の建築物はまだいいんですけども、それ以前の古い建物、特に木造建築物がですね、まだまだ耐震基準ができてない。これをですね、しっかりと進めて行こうということで、今、議論をしている最中でございます。近じか取りまとめさせていただきたいと思いますけども、国としても予算、税制、また制度面も含めて、住宅、建造物の耐震化につきまして全力を上げて取り組をさせていただきたいと思っております。また、それ以外にも色々あるんですけども、あんまり喋ると次にひびきますので、まず、この耐震化の問題がひじょうに大事だと思っております。
小野寺
はい、ありがとうございました。では、浅野知事の方から・・・。
浅野
昭和五十三年の六月にですね、この宮城県沖地震、いまお話にもございましたが、このとき私は、実は仕事で、アメリカの大使館にいたんです。だから経験してないんです。それから、この前の平成十五年の七月の宮城県北部連続地震。あのときは皆さんもご記憶あると思いますが私、ブラジルにいたんです。「なんですぐ帰ってこないんだ」って、叱られましたけど、だから大きい地震のときにちょっと現場にいないというですね、たまたまそういう巡り会わせだったんですね。特に、宮城沖地震というのが経験してないんで、うちの母親にそのときに聞いたらば、「六十何年か生きててこんなに揺れたのは初めてだ」というふうに言ってたと伝聞では聞いているのですけど、自分では経験してません。そんなことでですね、直接の経験ということでは、なかなか難しいですけども、例えば今回の新潟の中越地震の教訓というと、ものすごい被害者数がでました。で、宮城県沖地震が起こると十万人を超える被害者がでるのですね。そうすると避難所が足りないのですね。で、指定の避難所というのは、事前にあるのですけども、ここだけで収容しようとすると足らない。したがって、指定避難所以外の避難所、第二次のというかですね、補充的な避難所を用意しておかないと間に合わないなと、そうすると、だいたいそういうところは、公共的な施設ですから、避難所自身が潰れてしまったら、どうにもならない余震なんかもありますので、ですからそういうような公共施設の耐震化というのはですね、避難の方を受け入れるということからも必要かな、ということを今回の中越地震でも感じました。
それから、今度は地震が発生してしばらく経ってからのことなのですけど、救援物資です。たぶん大野さんの方でも経験されたと思いますけども、救援物資はですね、直後は足らないのですけど、あるとこまでいくと多すぎる。はっきり言っていま要らないものまでドーンと来てしまう。そして、ほんとに要るものまで来なかったりする。ということで、どんどんどんどん送りつけてこられると、それの整理でもう大変なことになってしまうんですね。今回、我々が救援物資を中越地震に送るときも実はドーンと、送りませんでした。一旦、県の方に知らせてくださいと、そしてお手元に置いといて、現地の方から、こういうのがほしいとなってから声をかける。これをやらないとですね、まさに救援物資に埋もれてしまうということになります。
それからですね、同じく救援をする場合の問題なのですけど、情報です。あまりにも被害が大きいところというのは、「助けてくれ」というような、コール、情報も入ってこないんですよ。もう、自分のところだけでめ一杯でそういうような余裕すらない。そするとですね、情報は待ってるだけでは入ってこないのですね。だから情報は取りに行くということで「どうなっているんだ」まあ、体ごと運んで・・・、さっきのオフロードバイクの話もありましたけれども、ああやって交通の途轍したところにこちらから入っていって自分の目で見てということをやらないといけない。これは情報を待っていて受けるのではなく、取りに行くということも必要だろうと思います。
それから、いま大臣からもお話がありましたけどなんといってもですね、住宅の問題なんですね。今回の北部連続地震でもずいぶん崩壊しました。一方において同じような場所にありながら、びくともしないという建物もあったんですよね。で、隣の建物はもう全壊している。まさにこれ住宅の建て方の問題ですので、自身に耐えうるような住宅に変えるものはいま変えとかなえといけないと、これもう当然の教訓だと思います。
それから、この後もまたすぐ出てくると思うのですが先に言ってしまいますが、今回の北部連続地震で被災地を見に行っても、ブロック塀が倒れているんですよ。そして、怪我をしたかなりの方が、家の中でタンスが倒れてきたりですね、そういったことで怪我をされている。これはもう、あの宮城県沖地震のときから口をすっぱく言われてきたんですよね。「ブロック塀はあぶないよ」と。前回の地震で亡くなった方のほとんどがブロック塀が倒れた下敷きになって亡くなった方。「ブロック塀はあぶないよ」と、それから、「家の中でタンスが倒れてきたら怪我するよ」と言われていながらですね、なかなか出来てないということも感じました。だから、これはしつこくですね、粘り強く言っていかないと被害が防げないということを感じました。
小野寺
はい、それでは伊藤さんの方からどうぞ。
伊藤
私の方からですね、実際被災地に行って活動して教訓としてお話しするということであれば、まずは、被災します。そうすると行政が動くと同時にいわゆる災害救援ボランティアという団体が動き始めます。そこでですね、ご存知のとおり北部連続地震の場合は五町村が大きなダメージをうけたのですけども、南郷町には南郷町の生活の特有な問題がございます。五町としては、高齢化が進んでしかも特有のボランティアを受け入れてくれるというような風土ではないという特有な風土があります。それから、三条の水害のときもですね、やはり三条市には三条市の立地条件というか、例えば三条市の場合は水害だったんですけど、道路が狭い一方通行が多い。まあ、そういうようなところ。それが災害復興に対してどのように影響するのか。それから、地震の方についてはですね先程、知事も言いましたとおり、情報がなかなか伝わらないと。災害救援ボランティアというのは馴染の薄い言葉かもしれませんし、当然毎日ボランティア活動をやってる訳ではございませんし、非日常的な活動ということでですね、なかなか理解していただけないと。そして被災者の方は助けてほしいのだけれども、どこにボランティアセンターがあるかということすらわからないのですね。ボランティアセンターは各市の町の中にあるのですけども、被災してる方は山間のほうが多かったと。そういうふうなこととですね、食べ物についてはですね、知事がおっしゃったとおり、阪神淡路大震災以降ですね、たくさんの方々が送ってくれると。で、あまり多すぎて賞味期限の切れたものは残念ながら捨てなくちゃいけないと、そういうようなこともあります。ですから個人的には、あまり食べ物については心配しなくてもいいのかなと思っているのですが、問題は食べたら出る排泄物、食べたら出るゴミですよね。これについてはひじょうに皆さんと共に考えていかなくてはいけない問題だと思います。そのへんがひじょうに教訓になったという事と、あとは、知事がブラジルに行ってた際に、ちょうど南郷の町長さんもご一緒だと思いますけども、私はそのとき町長さんが居なくて、早く復興できたのかなって逆に思って・・・これまあジョークがかってるのですけども、助役さんが一生懸命がんばっておられまして、現場第一だということで、行政は、行政やると、ボランティア関係については社会福祉協議会におまかせすると、その一言でですね、ひじょうに社会福祉協議会のフットワークも軽くなりましたし、ボランティア活動もひじょうにのびのびとできたと。そういういろんな条件がありまして、それと後、マスコミのマスメディアの報道が、やはり南郷町がクローズアップされたということで、矢本も大変だったし、それから河南町も大変だったと、いろんなところみんな大変だったんですけどもマスコミが「南郷町だ」というとみんな南郷町にいくんですよね。では南郷町でもらったものを他にまわすかというと、そういう風にもなかなか行かなくて・・。そういうことで、なにを言いたいかというと、知事さんがおりまして、市長さんがおりまして、各町長さんがおりますけど、そのリーダーの方々がやはり権限委譲というか現場第一ということで、災害の場合は是非、段階的に現場の責任者をいち早く決めていただいて復興にあたるのが、私はひじょうに災害復興がはやく進むのではないかと思ってまいりました。だいたい教訓はこんなところでございます。
小野寺
はい、ありがとうございました。それでは、鈎取ニュータウン町内会長の京谷さんの方にお願いします。
京谷
私もですね、宮城県沖地震の洗礼を受けて、それから十五年経って、今から十年前ですけど、町内会長をおうせつかったんですよ。そのとき町内会長をひきうけるにはですね、町内会の会員の方々にですね、総会で私がいまから立ち上げる地震災害に強い町づくりというものに対する協力体制をとってくれるというのであれば、ひきうけましょうと。いうようなことで引き受けて、それなりの啓蒙運動はやってまいりました。
その年はちょうど阪神大震災の年で、その四月に引き受けたのですけども、そういう皆さんの了解を得て会長を引き受けたものですから、ひじょうに協力的だと。それでもまだ認識が足りなくてですね、地震災害というものは、忘れてしまうとどこ吹く風でですね、意外と低かったんですよ。その為にいろんなことを試みてみました。それで町内会を一丸とするためにですね、一番大事なことはやっぱり、むこう三軒両隣仲良くするのが一番良いと。では仲良くするためにはどうすればよいかと、またあとで機会があればお話しますけども、そんなことで地震災害ということに対してですね、いざ災害が起きた場合ですね、「誰も助けには来てくれないよ」「自分の町は自分で守らなきゃいけないよ」と、それをしょっちゅう言っていました私。だから私が何かの会合でしゃべろうとすると、「会長さんまた地震のことですか」って、いうぐらいまでなってきたとき、「しめたと」と思ったんですよね。やっぱり五、六年かかりましたよね。これは不幸中の幸いというか、宮城県の北部地震ですよね、五月と七月にきたのですけども、そのころのはもう立ち上げ準備も終わってましたけどね、やっぱり住民の認識のないとこで、立ち上げても無意味ですから、その年にですね、うちの町内で立ち上げ準備をしたちょうどタイミングよくですよね、高大の田中先生であるとか、宮城県土木部の樋口次長やらですね、いろんな知恵を借りまして、それで「出さない君作戦」をやろう。「出さない君」というのがキャッチフレーズうちの町内のですね、「出さない君」というと「えっ」と思われるかもしれないですけど、死傷者を出さない、そのためにはどうするか、それから、崩壊建物を出さない、じゃあどうすればいいか、それから、火災を出さない、じゃあどすればいいか、この大きな課題を三つ立ち上げましてですね、それなりの肉付けはいまも進行中ですけども、そういう意味で宮城県沖地震以来、「街づくりは自分たちの手で」「自分でやれることは自分で」「自分たちで出来ることは自分たちで」というようなことで、とくにですね、町内会費用ですね、町内会費用のほかに、特別事業費としてですね、全世帯から年間、六千円いただいておりましてもう、十年間続いております。その事業費を使っていろんな防災器具庫とか、救急器具庫とか、ご自費で作ってましてですね、いかに地域住民の将来のひとがたの意識の高揚をさせるかと。もうこのごろはですね、今日たまたま前に、大野町長さん来てらっしゃいますけど、去年の暮れにですね、義援金を皆さんに頼んだんですよ。そしたら100%でしたよね。出してくれたのが。それくらい意識が強くなってきたというよなことで、そろそろ肉付けをやりましょうと去年は耐震診断の勉強会を町内会でやりました。もちろん中学生も、ご婦人方も、お父さん方にも、出ていただいてですね、約、全世帯の半分ぐらい70世帯、うちは130世帯だけですけども、70世帯の人が出て来られまして、勉強会をやりましたこのことについてもあとで機会があれば話します。
そんなことで今年はですね、大きな事業としてですね、ひじょうに単純で皆様もやれる事業なんですけども、意識しててもなかなかできない、家具の転倒防止というこれが、ひじょうに大きい課題だと思うんです。この家具の転倒防止というのをいかに、全世帯に認識させるかということでいろんな見本パネルを作ったり、実際にやってみせてですね、そんなことで、進めております。それから、防災のさらなる組織強化ですよね。組織強化は、昼と夜と考えましょうと。昼の防災体制と夜の防災体制と。昼は、健康な人は大体、勤めておりますよね、そうすると昼は町内会ががら空きになってしまうんですよね。そのとき地震が来た場合は、高齢者の方の組織を図ろうということでそれもいま進めております。
時間も時間ですのでそういうことで、地震に対する認識をさらに強めていこうとこういうふうに、思っております。
小野寺
はい。ありがとうございました。
シンポジストの皆さんからいろんな教訓がお話されましたが、いくつかあるのですが、
人の命にかかわるというところから優先度をそういうところにおいて、ひとつひとつお話を進めていただければと思います。
先程、北側大臣の方から阪神淡路大震災で、亡くなった人のほとんど八割以上が、建物の倒壊、家具の倒壊ということが話があったのですけれども、なかなか公明党宮城県本部で調査をしましたら、なかなか耐震のほうも1.8%ですか、だいたい五十六年以前で言うと二十万戸ぐらいあるのですけども、その中で耐震診断の済んだというものが、1.8%かなり厳しい実態が明らかになりました。これは経済的な問題もありますし各人の方の。それから先程お話にも出ました公共建築物の、耐震化につきましてもたいへんな経済的な予算がかかるということもありますので、なかなか難しいのですけど、まず、木造住宅の耐震化を阪神淡路をふまえて、まず身近なところの自主努力で、そこをしっかりしていくことが減災につながっていくと思いますので、まず、木造建築の耐震化につきまして、今日は専門家の京谷さんがいらっしゃりますので、実際に問題点とか、専門の立場でありましたら少しお聞きしたいと思いますが。
京谷
仕事柄、木造住宅の耐震化ということを私なりにやらしてもらってるわけですけど、耐震診断をやりますとですね、耐震診断をやっただけですよ、「俺の家はもう大丈夫だ」と診断やっただけで大丈夫だと思うような方が多いんですよ。お医者さんに行って診断を受けますでしょう、そうすると「俺はもうけんこうだ」とこんな感覚が多いんですよ。じゃあそれ以上、補強設計をやってですね、実際に補強をやるかというと、やっぱり体とおんなじで、「俺はそんなとこ悪くない」と、「俺の家は大丈夫だ」とそういうふうに思ってる方がだいぶ多いのと、それからお金のかかることですから、「そんなにお金かかるのだったら壊れても良いわ」と「あと、親戚の家にでも行っているわ」ひじょうに補強というものに対する認識が低いんですよ。ですから、そういう意味でさらなる補助をですね、もう少しご検討いただければなと、町内の一員としてですねやはりどこか体が悪ければ薬も飲ませなければならないし、骨が折れたら補強もしなくてはならないと、そういうふうなことで、これにはやっぱりお金もかかると、そういうようなことを町内会として言っていいのだかそういう仕事をしている建築家として言っていいのだかわかりませんけども、そういう意味で是非よろしくお願いしたいなと思っておりますね。
小野寺
はい。ありがとうございます。では、じっさいに木造建築の耐震化を進めるということで推進策になりますけれども、県の方の立場でいろんな政策も導入されているわけですけども、知事のほうからも是非お願いします。
浅野
これは、そういう制度を作ったんですよね。平成十六年度からやっててですね、いまおっしゃったようにですね、まず耐震診断。自分の家が地震にどれくらい耐えれるか簡単な審査をするというための補助、それから、精密審査みたいなものですよね。どういう改修計画を立てたらいいのかというところまでをやる診断。そして実際にですね、耐震改修が必要だというお宅については、最高三十万円まで県から出しますということで、耐震改修したらどうですか、こういうことを平成十六年度から始めたんです。ところがですね、耐震診断簡単なやつは、四千件を予定していたのですけど実際は千九百三十二件でした。それから、精密の改修計画まで含んだ診断、これは一千件を予定していたのが七百十七件なんです。もっと大変だったのは、実際の三十万円まで補助しますからねって耐震改修。家を直すというか、耐震の事業をするというのは、これ三十万まで出すといったんですけども、一千件予定しておりましたが、実際は八十六件なんですよ。ひじょうに少ないんですよね。今お話があったように、ある程度診断までは受けるんです。診断受けて大丈夫ですよっていわれたのはいいのですけれども、ダメだよっていわれても、直さないんですよね。たしかにお金かかりますし、その、お金のことを考えるとちょっと躊躇するということがあります。これは今年度もやりますので、是非ですね、これはやっていただきたいと、この事業今年度で終わりですから、基本的には。そうすると自分で全額出して直してもらう訳ですから。やるならいまですよということなんですけど、たしかになかなかそうはいかない。中越地震があったとか、北部連続地震があったといった直後だとものすごく関心が深いんですけども、しばらくたつとですね、「まあまあいいや」となってしまう。でも、そうはいかない。さっき言ったように忘れる前にやってくるんで、だからこの悩みは制度として用意しながら、実際に耐震の改修までする人が少ないってことなんです。もう少し我々もピーアールをしていきたいと思います。
小野寺
はい。ありがとうございます新潟県の中越地震のとき、建物の倒壊による死者が少なかったと、お聞きしたのですが実際いまの木造建築の耐震化についてはどのような現状になっていったんでしょうか。
大野
宮城県の浅野知事さんは素晴らしい制度をつくられたなと、私どもも、もっと早くこういう制度があればよかったと感じておりますけれども、みなさんおっしゃるとうりに、なかなか経済的理由で耐震補強をやっていくというのはなかなか難しい。特に独居老人世帯また高齢者のみ世帯ではなかなか難しいめんがあるだろうと、私どもも行政の中では感じているのですが、できるだけそういう制度を利用して早く皆さんから、安全な家屋を構築していただきたいと思いますが・・・。
ただ中越地震の違うところは、ひじょうに人の手の入ったところがやられているのです。いわいる宅地においても、造成をした地域、盛り土をした地域です。また盛り土で作った道路、公共施設等がすべてやられております。ひどいところは朝起きて玄関を見たら、玄関が無かったというお宅もありました。いやこれは事実なんです。ですんで私は宅地のいわいる診断も必要ではないかな、今日は大臣もお見えになりますので、今後、宅地造成をやるにあたっても、規制をひじょうに厳しくしていただきたい。こう思っております。
小野寺
はい、ありがとうございます。大臣の方からも木造住宅の耐震化、いまは宅地それ自体をチェックすることが必要だというお話もあるのですが、国のほうの立場からですね、この点についてはどうでしょうか。
北側
宅地の耐震化も大事だということは、まったくそのとおりだと思います。中越の地震でもそうでございましたが、崖地だとかですね、いままで人口の都市の集中だとか、宅地化を急ぐことによってですね、けっこうあぶないところに住宅があるところがございます。そういうところについてはですね、地震だけじゃなくって豪雨とかもそうなんですけど、土砂災害によってですね家が流されていってしまうということはほんと、よくあることでございまして、そうした宅地についての耐震また豪雨等における土砂災害の危険性そういったものはですね、そうしたものを診断していくということがひじょうに大事であると思っております。
住宅の耐震化の話なんですが、宮城県のようにですね今、知事さんがおっしゃいましたように平成十六年からされている。他の自冶体でもですね、自冶体独自で耐震診断への助成、耐震補助への助成、これは全国的にもだいぶ出てきました。そして国といたしましてもこの平成十七年度から「地域住宅交付金制度」というのを作らしていただきまして、各地方公共団体で住宅の耐震化に向けての補助制度をですねやられているところは国のお金も使っていただけるようなそういう仕組みを十七年度からは作らせてもらいました。ただ、それでも不十分で、先程冒頭申し上げましたように耐震化をさらにですね、進めていくために耐震のリフォームをした場合にはですね、その、リフォームの費用について、例えば所得税から、例えばこれは総務省は嫌がってるのですけど、住民税からですね税制上控除できるようなんですね。そういう税を少し安く出来るような税制上の対策を是非取ろうということで、去年の年末だいぶ議論したのです。残念ながらですね去年の年末は、それが通らなくてですね、ただ、検討事項として重要な検討事項として入りまして、是非、この年末の税制改正ではですね、耐震化をやったその費用については税制上得になりますよと、こういう仕組みを是非、作らせてもらいたいと思っております。
また、補助制度につきましてもさらに、充実した補助制度ができるように地方公共団体でそうやってがんばっている地方公共団体がだいぶでてきましたので応援できるようなですね、国の補助、助成制度をさらに充実をさせてもらいと思っております。
それともう一つ、住宅の耐震化というのはですね、そこにお住まいの方にとって大事なことはもちろんなんですけど、実を言いますと、その近所の方々にとっても大事なんですね。そうでしょう皆さん。隣の家が地震で倒れてしまって、火事になって類焼するんですよ。自分のとこだけしっかりしててもアカンわけですよね。やっぱり地域でですね、耐震化がしっかり進んでいかないと、結局は影響がおよんでくるわけでございまして、耐震改修促進法というのが今もあるのですけども、いまこれ議論してましてですね、市町村長さんからごらんになってですね「あそこの建物は危ないぞ」「耐震化が進んでない」で、人がいっぱい出入りされてると、例えばこういうホテルなんかもそうですけども、そのわりには耐震化が進んでいない。そういうところはもう市町村長さんからですね「あなたのとこの建物は耐震化が進んでいない」「耐震化を進めなさい」というね、ある種、強制力を持った形で命令できるような権限を与えてもいいのではないかと、それぐらいいま考えておりまして、それぐらい住宅とか建物というのはですね、その、所有者にとってもちろん大事な財産であるわけでございますが、その地域全体にとってもですね、そこが強い耐震性のある建物であるということはですね、非常に大事なことでございまして、この耐震化を、ぜひともしっかり進めさせていただきたいというふうに、思っているところでごさいます。
それで先程「耐震化といってもお金がかかるしすぐできないだろう」「明日来るかもしれないじゃないか」とのお話もありましたけども、けっこう中越地震でもそうでした、宮城県の北部地震でもそうでしたが数字を言いますとですね、家の中の家具類が転倒する大変な地震のときはですね、例えばテレビがですね、居間の端から端まで飛んでしまいます。タンスが端から端まで飛んでしまいます。もう、倒れるとかそんな状況じゃないんです。それはもう飛んでしまうんです。ですから、こういう家具類のですね、転倒とか落下物による怪我というのが、圧倒的に多いんですよね。ちなみに数字を言いますと、新潟県中越地震の場合は41%なんです。怪我した方々の41%は家は倒壊しなかったけども家具が倒れることによって怪我したと。宮城県北部地震の場合はそれ以上です49.4%約半分の方の怪我が、家具類の倒壊なんです。ですから、先程おっしゃってましたが、この家具についての転倒防止をですね、やるということはこれはもうすぐに出来ることですのでこれは是非ですね、やっていただきたいと思うんです。「どうしてやったらいいんだ」と、でこれはたまたま東京消防庁から出している、こういうパンフレットがあるんですね、私ねこういうわかりやすいやつをね、市民の皆さんがご覧になって、「こいうふうにしたらいいんだな」わかるようなですね、そういうパンフレット、こういうものをしっかり作っていって啓蒙しなければならないと思うんです。また、ホームセンターのようなところに必ず置いてますんで是非、家具の倒壊防止のための、工夫というものをすぐにできることでございますので、これは是非、勧めていただきたい。というふうに思います。
小野寺
どうもありがとうございました。税制面での優遇とかですね、今、身近な問題をお話されましたが、優遇策として国のほうでそんなふうにしていただけると、かなり進むのではないかなと思っております。あと、家具の固定、家財の固定これを議論しようと思ったのですが、大臣のほうからお話がございました。私も実際に行きましたら、ホームセンターのほとんどのところで、防災コーナーというのが設けておりまして、そこ行くとだいたい必要なものが、売っておりました。是非、なかなかアンケートをしても実際に家具の転倒防止対策は四割の方しかしていないという、そういう実態がございまして、是非、皆さんと一緒にですね、今後推進をしていきたいなと、思っております。
それではですね、今の部分は自助努力、公助では公共建築物の耐震化があるのですが、こんどは、実際に災害が起きた場合のいわいる初動体制あるいは救助活動、についてお話し合いをしていただければと思います。実は阪神淡路の大震災のときに六千二百名の方が亡くなったのですが、その際にですね、大阪府の職員の方・・・、 市内端はしを歩いたそうなんですね。給水活動のために行ったそうですが、そうしたときに、二日目なんだけど捜索活動をした形跡が無い、今もされてないということで、実は救命救急活動というのは一日めで、約75%の人が助かる。ところが、二日目になりますと25%、三日目になると15%しか助からないとなってまして、やはり初動体制というのは、自分、そして隣近所の共助といいますか、そして、公共も入るわけですが、公共が入るまでのそうした自分たちの地域で自分たちの、災害を受けられた方を守っていく、助けていくということがすごい重要だと思いますけども、こういう初動対応の部分でそれぞれの立場からこんなふうにするということで、マニュアルができている、こんなふうにしてるということで、お話をいただければと思うのですが、これは浅野知事のほうから是非・・・。
浅野
初動体制ですから、命を助けるというときに、これは行政ではないんですよね。もちろん自力だったり、家族、それから隣の方が助けるというケース。阪神淡路大震災のときに救助された方の95%は実は、自力だから救助されたというのは変だけれども、家族、隣人によって救済、救出されたんです。95%。ですから、これはもうほんとに自助ということで周りの方家族という方がまずやらなくてはいけないということは、これは当然なんですよね。実はさっきの続きでいえばその前に家具が倒れてこないように、家が潰れないようにとする。これも自助ですから、そういうような倒壊ということにならないってことが第一ですけれども、実際、倒壊になった場合に救助は本当に周囲周辺の方です。その際にちょっとね、気になるのはヘリコプターなんですよね。ヘリコプターってマスコミ関係のヘリコプターが阪神淡路大震災のときにもずうっと飛んでいました。「助けてくれ」という声を聞こえないんです。これはね、ちょっとあんまり大きくない問題のようですけども、実際に、なれば大きな問題ではないかというふうに思います。
それからですね、そうやって助けるというときに、いわいる災害弱者といわれる方もいらっしゃいます。元気なのは自分で這い出したりして逃げられるんですけども、寝たきりの老人の方、障害を持った方をどうするかということなんですよね。そういう方々に救助するんですが、これは、バーンと倒れた直後にやろうといったって無理なんです。これは事前の、準備が必要。そこで、防災マップというかそういうのを作る際に、もちろん相手の方々の了承も得てですね、地図の上にそれを落としておくというもあるんですよね。つまりこの地図の中のここには、何とかさんが、寝たきりの方がいます、というようなこと。これは、重い障害を持った方がいらっしゃる。家族だけでは助けられない。そういうのが地図上に落としてあれば、バーンとなった場合、自分がもちろん動けるというのが前提ですけども「さあ、助けに行こう」ということができる訳ですよね。まあそんなことも、自助、共助ということでの助け合いですが、助け合いということも、予習が必要だということですね。事前に情報もわかってないと、どこに助けに行っていいかわからないということになるのだろうと思いますので、そういう災害弱者の方も含めた防災マップということを、作成っていうのは非常に重要なのではないかと思います。
小野寺
はい。ありがとうございます。知事のほうからは、具体の、こうしたほうが良いんじゃないかということがでたんですが、一番地域になりますと町内会とか自冶組織ってことになるんですけども、実際に自冶防災組織というのは宮城県の私たちの調査では三割しかできていないという・・・
浅野
これ県内の自冶防災組織の実態ということで私の目の前にある資料で79.8%・・・
小野寺
これはですね・・・
浅野
違うの?
小野寺
こうだと思うんですよ、そういうたぶん町内会だとかですね、もっと上の組織を作ってるという意味でのパーセント提示だと私は思っております。
浅野
実際に動けるかどうかは別だと・・
小野寺
はい。ですから、現場ではなかなかできてないということがデーター上わかりまして、じゃあ自主防災組織をこれから立ち上げていくというところも、三割ほどありました。実際に自主防災組織についてですね、取り組んでいるという町内会もありますし、いろいろ温度差がありますが、先程、初動体制の問題で出たんですが、大野管理監から初動体制とそれからいまのですね、自主防災組織、新潟県の場合ですけどこんなふうになってるだとか、もし、伺えればとおもうのですが。
大野
初動体制でありますが、大変厳しい言い方をしますと、災害を受けますと、地震等ですがうけますと、行政も行政職員も、皆さんと同じように、被害者なんですね。ですんで、すべて、住民に対して対応できるとは限りません。やはり先程からお話がありますように、初動体制がいかに早くできるかによって、大切な生命、財産を守るかができると痛感いたしました。どしたらそういうものを構築できるのか、いわいる公助の面で自主防災組織を確立することができるのか。実は私ども、長岡市と申しましても、中山間地域を大きく抱えております。町内会や区単位がひじょうに発達しております。あそこには誰が住んでいる、まあ早く言えば年収はいくらあるかまで、みんな区長さんや町内会長さんがご存知なんです。それで、私ども今回は7・13水害を経験いたしております。当時、私は越路町という一万五千人規模の町長をやっておりました。そのときに、私は防災組織を確立しようと、そしてまず始めから出来ないから、とにかく共同作業や文化サークル等々で地域にものづくりをやってお互いにものづくりをやっていったらどうだろう。こういう提案をしてまいりました。そんな中で、私どもの町では年に何回か、共同の施設利用するものをみんなで維持管理をしていこうという会があるんですね。そういうところを通じながら自主防災組織の下地を作っていこうとでやってまいりました。
そしてまた、私は今回特に感じたのは、地域コミュニケーションが、地域防災組織の核になる、こう思っております。ですんで今回私どもも、越路町においては百十八世帯の仮設住宅を設けました。これは地域によってコミュニケーションが壊れるといけないということで、五ヵ所に分散をいたしまして同じ地域は同じ知地域で仮設住宅に入っていただく。そうすれば、みんな共助、お互いに助け合って同じ心境の中で生活をすることが出来るということで非常に被災された方も仮設住宅の中ではほんとに健康を害するって方が少ないじょうきょうであります。そしてまた、私ども7.13水害で多くの尊い生命も失ったわけですが、これについても私は、保健師さんに日常の活動の中で、独居老人のマップと高齢者のみ世帯のマップを作るように指示いたしました。そして、九月ぐらいにちょうど出来上がりまして、皆さんにお上げしますとプライバシーの問題もありますので、私ども担当の行政が管理をして有事の際には、地域の区長さん、町内会長さん、また消防団等にお上げをし、安全、安否確認情報の伝達等をやってもらうと、こういう形でございます。やはりとどのつまりが、地域のコミュニティーが一番大事であると私はこの震災を通じて理解してまいりました。
小野寺
はい。ありがとうございます。知事のほうからも実際、救命のポイントといいますかかくになるのが自主防災組織。そこで防災マップとか居住者マップ、いま大野さんのほうからございましたが、そこのところをどうしようかというのは、これは課題かと思うのですが実際に町内会でどんなふうにされているかを含めて、京谷さんほうからお話を伺いたいと思います。
京谷
うちの町内会ではですね、先程も申し上げましたけども、むこう三軒両隣のコミュニケーションの場をいかに多くつくるかと。それにはですね、毎年4月から12月まで9ヵ月間ですよね、公益用地ようするに公園とか集会場ですよね、そうゆうところの朝掃除をやるんですけども、主に草取りですけども、特別汚れている場所じゃないですから。でも私一回だってね、この十年来やっててね、草を取ってくれって言ったことは一度もないんですよ。各班ごとに10人なり15人なり集まりますよね。皆さんで情報交換しなさい、井戸端会議しなさいと、それをやってるとですね、だんだんだんだん顔なじみになってくるんですよね。新興団地は特に顔なじみがありませから、ところが5年経ち10年経ってくると、「あんたのおばちゃんげんき?」とかね「おじいちゃんどう?」とか会話がうまれてくると。そうすると、手のほうも動いてくるんですよね、ちゃんと草を取ってくれるんですよ。そいうふうな体制を取るとですね。それで私が町内会長をやって70%の出席率・・・60数%とだったかな?いま、92%の出席率ですよ。そういうふうなものをやってる矢先ですね、先程、知事さんもおっしゃったように居住マップ、大野さんもおっしゃってた居住マップの作成をいかにやるかと。うちの町内ではですね、全戸家族訪問をしたんですよ。そういうようなものを啓蒙しながらですね、1人2人ぐらいはいましたけど約100%の人が家族全員の名簿を出してくれたんですよ。「そのかわり町内会長さん責任もって保管してくださいね」と。それには生年月日から職業からみんな書いてありますから、それで町内会の地図の中に70歳以上、幼児、身体障害者、外国人、点で落としていったんですよ。先程、大野さん、おっしゃったように、名前を添付すると民法上触れますのでね、点で落としていく分には町内の人は、ここは誰だってだいたいわかりますから、そういう意味でもう居住マップと家族調査が全員調査済みで、それから、年齢から今度分析していきましてね、あと10年経つと六十歳以上が約60%以上になるんですよ。そういうようなことも地域住民に認識させて今は若いけども、あと10年経てば六十歳の人七十歳になるんですよ。そうするとやっぱりわが身ですから、町内のほうに協力体制を取ってくれると。そういうふうなことをですね、やはり現実的に、もっと細かく言えば、むこう三軒両隣が仲良くしてれば隣の、独居のおばあちゃんが、どの部屋に寝ているかと、災害が起きたとき、そこに行けばいいわけですから。そのくらいのお付き合いが出来るようにするためにはコミュニケーションをとると。それには朝掃除が一番良いなと思って、やっぱり的中しましてね、今和やかにみんなお付き合いしているようです。で、防災はもちろん防犯も防げると。こうなってきましてですね、その意味で初動体制に対してですね、みんなが助け合うというものを、今も啓蒙しつつあります。
それから、高齢者社会を当然むかえている訳ですから、うちの町内六十歳以上がですね、35%、150人居るんですよ。ところがそのうちの3分の2は日中、町内に居るんですよ。七十歳以上あたりですよね。ところが日中は我々はおりませんから、そのとき地震が来たら連絡網作っとかないとダメですよ。だから本来の自主防災組織というのは昼と夜とそれとその他に、PTAとか学校の関係ですよね。それから民生員関係。それと全部リンクさせておくと。そういうふうにして防災組織作りをやっているというような具体的な形をやっております。そすると高齢者の方ですね、来月にもまた会合があるんですけど「私たちで出来る事あるんですね」ってありますよ。経験豊かですから。そういう経験豊かな方の力を借りてね、地域防災というのも組織をつくっていくってことも一つの手だと、みんな理解してくれているようです。そんな意味で町内会組織に高齢者の防災組織、今リンクさせている、重ね合わせている。というのが現状です。
小野寺
はい。ありがとうございます。それでは伊藤委員さんのほうからも町内会での自主防災組織を作るってことが大切だということですが具体のことでいろんなアドバイスとかございましたら・・・
伊藤
私はいま、大臣とか知事さんとかが話されたような大それたことは頭の中にありませんけども、一つこれも聞きかじりですけども、阪神淡路大震災のときにですね、あまりみなさん情報としてわからなかったと思いますけども、若い人がかなり亡くなったっていうニュースがあったんですね。それは大学生、学生ですよね。苦学生。その学生さんはなぜ亡くなったかといいますと、やっぱりその、ぼろアパートいわいるあまり耐震対策のしてない安いアパートに住んでたと。それで尊い命を亡くしたというのがですね、あったわけです。
そういうことで、是非、大臣とか知事さんには耐震化についてですね、ご努力をしていただければと、思っております。
あとは、先程から町内のコミュニケーションの話ですけども、私7月13日の水害のとき三条に行きましたが、実は二階建ての家がほとんどなんですけども、寝たきりのおじいさんが二階にねておったと、おばあさんが足が悪くてなかなか歩けないと。で、一階がほとんど床上浸水という状態だったんですけど、結局水がみんな流れて電話機も全部流されているんですよ。情報の手段が無いんです。おばあさん歩けないんですよ。で、何日か経って、おばあさんが一階に一人で居て、おじいさんは二階で寝たきりだと。そういう状態を皆さん想像していただければ大変だなと思うと思うんです。それが今、鈎取の町内会長さんがおっしゃったように、日ごろのコミュニケーションとか、そういうものがあればですね、あそこに、こういうお年寄りがいるというようなことがわかるし救助も出来る、できやすいのかなと、思っております。
話がちょっと前後しますけども、家具の転倒うについてはですね、泉区のある町内会では、町内会の中でボランティアを募りまして、独居老人の方とかですね、あと足腰のあまり健康でない方にですね、ボランティアを募りまして、そしてホームセンターから機材を買いまして実費だけはいただきますと。あとは穴あけとかというものはボランティアでやりますというような町内会もあると聞いておりますので、是非自分で出来ないとかですね、町内でもし「隣の家の方はこういうふな状態なんだ」というので力を貸してあげれる人がおられれば、そういうやりかたもあるのかなと思っております。
小野寺
どうもありがとうございます。大臣、いま浅野知事、大野管理監からですね、いわいる地域の防災マップ、居住マップですね、災害弱者対策として、そしてそういうのを実際作ってるという町内会もあるわけですが、私思うんですけども、町内会というあるいは自治組織の中で防災マップを作ろうとしてもですね、なかなか関係機関が、いわいる公共の機関も取り巻いてるわけですよね。ですからそういう点では、やはり地域の町内会とそれから公共ですよね。そいうのを合わせてお互いにやはり作っていくようないわゆる、公共の関与といいますか、対応といいますか、そこらへんをやらないとうまくいかないんじゃないか?いわゆる高齢者との災害弱者対策ということからですね、そこらへんについてこうしたほうがいいんじゃないかを伺えればと思います。
北側
地域コミュニティーがきちんと出来ているかどうかというのは私はもう決定的な話だと思います。これはたぶん何か制度を作ったから出来るとかという話ではなくて、先程からも話があるとおりで日ごろからのお付合いをですね、いかにやっておくかという「あそこにおばあちゃんがいる」「あそこにあのおじいちゃんがいる」「あそこにあの体の悪い方がいらっしゃる」ということがですね、わかることが、わかっていることが非常に大事でして。私、中越地震の場合はですね、あそこは中山間地でありますのでそういうのが充分できている地域なんですよね。田舎でしたから。ところが、私は仙台のことはよくわかりませんが都市部ではですね、なかなかその地域コミュニティーが充分できていない地域が多い。これはですね、もう防災だけの問題じゃなくて、防犯であれなんであれ教育の問題であれなんであれですね、地域コミュニティーをどう作っていくかということに、これからのものすごい大事な課題でこれはもう是非、市民の皆様方お一人お一人にですねお願いするしかない。いま、NHKで「ご近所の底力」ってやっていますでしょう?「ご近所の底力」あれですよ。ほんとに。これ私のある地域になりますけど、ちよっと余談になりますけどね、防犯で、防犯の方だけに任さないで、ですね、私の住んでいる地域ですが、「みんなで一緒に防犯で回ろう、夜回りをしよう」とかなってですよね、もう子供から大人からいっぱい引っ張り出してですね、二百人ぐらいでぞろぞろぞろぞろ歩きながら、防犯するんです。いっぺんになくなりました。見事なまでになくなりました。それが「ご近所の底力」に取り上げられましてね放映されたのですが、そういう地域コミュニティーがあるかどうかというのがですね、いざ地震があった災害があった時のですね対応でも決定的に違いが出てくる。いくら制度や何かを作ったとしてもですよね、そこができてなかったら絶対ダメだと思うんですよね。そこがやっぱり重要な点だと思います。その上で、ですね日ごろの備えというのが大事なんですけども、先程の話にも関連しますけど「ここが危ないぞ」というところがあるんですよね。豪雨でも「ここは土砂災害にあう可能性がが高いよ」とかですね、それから、この辺の地域、特に宮城県沖地震の場合は津波が心配ですから、津波があった場合にですね、どこまで浸水をしてくるのか。そういうのをですね、きちんと想定をして、我々のほうでもね、これは素人ではわかりませんから、私どもがしっかり情報提供をして県や、自衛隊の皆様とよく相談をして、ハザードマップをですね、津波ハザードマップを作る。そういうハザードマップをしっかり作る中でね、絵書いたらですね、これハザードマップ作る為に、すごく大事なことなんです。例えば津波ハザードマップでいいますと、たんに「ここまで浸水しますよ」ということを書くだけではアカンわけでして、その場合はここに避難しますよ、避難経路はこれこれですよということがですね、わかるような、ハザードマップを作りましょうということで進めています。もうこの5年間で、危ない市町村については全部作っていただこうということで、いま進めているところなんですけれども、例えばです、その他の防災マップついてもですね、これはなかなか町内会、小さなところだけでは作れないという場合にはやはり、市町村がしっかりですね、協力して作れるような体制を作っていくことが大事だなと思います。しかしながら、そうはいっても大事なのは、この地域のコミュニティー。これから皆さん高齢社会がやってくるわけですね。これからなんですよ。今違うんですよ。これからなんです高齢社会というのは。今日は若い人ばかり来てますけども・・・。あの、これから高齢社会がね、団塊の世代という、昭和二十二年、二十三年、二十四年生まれこの三年間の人たちがいっぱいいるわけですね、三年間で八百万人あの当時生まれました。もうすごいかたまりなんです。いまは五十の人たちは六、七、八まだ現役バリバリなんですよ。ところがあと十年もしたら七十近くなっているんですよ、この世代が。この世代はたくましいですからね、たぶん、そのころも元気なんですよね。いっぱいまだ生きているわけですけどね、もうすごい超高齢社会がもう間違いなく近い将来やってくるわけでございまして、この高齢社会ということを考えたときのこの地域コミュニティーというのはですね、ものすごく大事だと思います。これをしっかり作れるような観点から町づくりなんかもですね「あの地域に行ったら高齢者しかいない」これではアカンわけですよね。実際ニュータウンですね、昭和四十年代に作ったニュータウンなんかたくさんあるんですよ。東京や大阪ですとかね。そこがいまや何が一番問題かというと高齢化なんです。子供たちは大きくなってみんな出て行ってですね、あと残ってるのはもう定年なった人たちばかりが集まってですね、千利ニュータウンなんかほんとそうなってしまってるんですよね。そういう町づくりじゃバランス、世代間のバランスが、若い人たちも居る、子供も居る、おじいちゃん、おばあちゃんも居る、そういうやっぱり地域づくりをしていくことは、これは行政側にとってもですね非常に大事なことでございましてですね、バランスの悪い地域にならないような町づくりをしていくということも、非常に防災という観点からもですね私はとても大事なことだと思っておりまして、しっかりそういうこともですね進めさせていただきたいと思っております。
小野寺
はい。ありがとうございます。いわゆる高齢者、災害弱者を救援していくということで、実際に起こった場合の体制作りというのは当然核が、自主防災組織になるわけですけれども、現在宮城県ではこれがですね、いま三割から、五割、六割、七割といってほしいですけども、具体に私はこれから作るというところもあるわけで、行政のですね、地域における職員の方も是非、リーダーが重要だと思うんですよね地域では。その意味では是非、モデル的でもいろんなやりかたがあると思うんですが、是非、宮城県全域で自主防災組織をつくる。そこで、先程、大臣からお話がありました国との災害危険箇所を掌握できるような体制、そしてまた身近な地域でもそういうところはここがあるということを、マップの上にきちっと把握していく。そしてまた、具体のどなたを、誰を救援しなくてはいけないのかもきっちり掌握を行政のほうでして身近な組織に対応していくとか、そこらへんをまとめて、知事、宮城県全体としてこれから作ろうというところもあるわけでして、県としてこんなふうに、今後したいとか伺えればと思うのですけど。
浅野
昭和二十三年生まれ五十七歳でございますけど、元気だからいきるよ。たぶん九十五歳くらいまで元気でがんばると思うんですけども。そのときの地震対策大変だなと自分事のように聞いておりましたが、今、目の前でございますね。すれで県でやるというのもありますけども、さっき家具の転倒防止をタンスにつけるのは簡単だというのですけども、実は、高齢者の世帯ではなかなかやりにくいのですね。それで、宮城県では、その名前も「宮城家内安全推進事業」ということで、高齢者が、家具の転倒をやるのをお手伝いしましょうと、事業をはじめました。現在もやっています。そういったことでですね、同じことでも高齢者だとやっぱりやりにくいってものもありますので、それは行政もかかわってヘルプをしていくということが大事だと思います。
それから、さっきの防災マップ、それから居住マップですよね、どこに災害弱者といわれる人がいらっしゃるか、点でおとしておくということが、必要だと思いますが、じゃあその防災マップ、居住マップをどうやって作るんだとかですよね、ここにどういうふうな情報を盛り込んで言ったら良いかということも、なかなかわからないので実は我々色々な行政の分野で「出前講座」というのをやってます。まさに、電話してですよね、来てくださいといって、五人以上だったかな?いろんな分野で、「これ行政に教えてもらいたい」ということであればですね、場所を一応作ってもらったら、こちらから無料で行きます。無料で行って出前した講座をしますがその中でこの防災の知識、防災マップをどう作るのかということも含めた、出目講座もやっておりますので、是非、出前の電話をかけてみてください。
それからですね、実は午前中私、県の老人クラブ連合会の幹部の方と意見交換を二時間ぐらいしてました。その中でね、老人クラブ、十万人以上の人がいるんですけども、なかなか会員が集まらないと言うんですよ。ですから、古川なんか老人クラブの中に青年部って作ってですね、これほんとですよ。昭和生まれの高齢者を青年部として、一生懸命会員募集のためのですね、そういう組織を作ったんですよ。そんなことをしてもね、会員集めるのに一生懸命やったってしょうがないんで、老人クラブ自体が魅力があるということにしなくてはいけない。何でこの防災につながるかとかというと私から言ったのは、「防災の仕事を、老人クラブおやりになったらどうでしょうか」といまの防災マップを作るというのもいいです。それから、例えば、実際に災害が起きたときにですね、情報をバンと伝える、特別の特派員みたいな役割っていうのも地域、地域に必要ですよね。これ実は自衛隊のOBの組織はそういうことをやっているんです。すでに。で、県庁のOBもやってもらおうかといま思ったところだったんですが、今日お会いして老人クラブの方々にもそういう防災という観点で動いてもらおうと。それは、災害が起こったという直後に急に動き出すということが出来ませんから、当然ながらその前から準備をしなくちゃいけませんよね。防災についての知識も老人クラブとして一生懸命勉強してもらう。そして、活動してもらう。訓練まですると。いうことをやったらば、それは生き生きとやるでしょうし、老人クラブなかなか、やりがいがあるといって会員も増えるだろうし、またその地域の防災力も高まるだろうし、いわば、高齢者を救うということであれば自分たちの仲間内でですよね、高齢者が高齢者を災害から救うという形になるわけですから、一石なん鳥だと思っております。
それからですね、災害が発生した直後、この前、北部連続地震でも感じましたけども、高齢者にとって例えば避難所に入ってたときに話し相手が必要なんですね。もちろん普通の生活でも話し相手が必要で、大変孤独なんですけども、災害が起きてそして避難所にぽつんとおかれてですよね、誰も、話す人がいないというのは大変なんです。だから、災害弱者としての高齢者ということを考えた場合には、いわゆるソフト面ですよね。ソフト面の特別な知識を持ってなくても「ばあちゃんどうしたの?」ってことを、話を聞いてあげることも必要。これはまさに、災害が起きた後の、避難した後の問題ですけども高齢者には高齢者なりの特別の対応というのが必要だなと、行政としてそういったことも例えば今の話し相手になるというのもそういう形の災害ボランティアというのも必要だろうということで、行政としても働きかけていく余地があるのではないだろうかというふうに思っております。
小野寺
はい。ありがとうございます。京谷さんの自治組織では今年、消化班の体制を立ち上げるということを聞いたのですが、自主防災組織の中で自前の消防隊を作れるというそういうところがどんどん増えてくるとですね、初期体制かなり進むのかなと思っております。
時間のほうもございますので、自主防災組織をしっかりと作っていくという、そこで、先程の居住マップ、あるいは防災マップを、行政の力も借りながらですね作っていくことが大切なんだろうと思います。
それで、つぎにですね、避難所の問題をちょっとお話していただければと思うのですが、被災者が十万を超えてというと大変なことだと思うのですけども、実際、阪神淡路でもそうした、被災者が出た訳ですが、避難所の確保ということについては、どんなふうにしていったらいいのかですね、伺いたいと思うのですが、大野さんどうでしょうか管理監のほうから・・・。
大野
大変、だらしない話なんですが、私も災害についてはこんな広範囲、全町的に災害を受けるなんて一つも思っていませんでした。避難所、一万四千五百人に対して水害や火災等で九ヵ所指定をしてございました。しかし残念ながらここに、一万四千五百人の皆さんを入れるわけにはいきませんでした。皆さんはどうしたかというと、各、避難所に近い方は
みんな入っていただきました。しかし、それでも、三千人、四千人がやっとでございました。残りの一万五百、一万千五百人の方は何をやったかというと、自分の車の中で夜を過ごす、そしてまた、農業用のビニールハウスご存知でしょうか?ひじょうに軽いですね。上が落ちてきても安全だということで農業用ビニールハウスの中で夜を明かすという方が目立ちました。私はこの災害を通じて広範囲な避難所の建設も求められるのではないかな。こう思っております。建物だけ屋内だけの避難所じゃなくて、いわゆる自動車で駐車をしながら避難できる広場。これも必要であると私は今回、痛感をいたしました。
また、避難所には屋内の、部屋の中の避難所、屋内の避難所におきましては、必ず必要と思われるのは、発電設備でございます。実は避難民のみなさんが一番不安になるのが、光を失うことなんです。実は電気が通ったとき千二百人ほどいた避難民のみなさんが、避難所の中で拍手が沸きました。「これからやっと復興の光が見えた」と言って、みんなで喜びました。ですので、光を取り戻すことも大事であります。そしてまた、私も気がつかなかったのですが、小さなお子さん、乳幼児を抱えたりそしてまた、高齢者の皆さんには必ずお湯が必要であります。その為にも、私は電気そして電気ポットこれは必ず必要になってくると考えております。
避難所につきましては、建物の中で避難できる状況は、行政では100%はできません。ですんで、それができないのであれば、公営的な広い広場をどこかに作って有事の際にそこに避難していただくという措置も必要かと公考えております。
小野寺
はい。ありがとうございます。では、浅野知事のほうからも避難所の問題でありましたら。
浅野
今回のときもですね、中越地震で宮城県は長岡市の担当だったんですけども、あの時にやはり情報なんですね。何が足らないのかっていうことを、我々の危機管理の関係の者が現地に行って、避難所をいくつか回って把握をしてきました。で、畳が足らない。で、畳を遅らせていただいてですね、ここから、私も感激したのですけど、自衛隊の車を使って県内から車、何百畳分ですよね集めて自衛隊のトラック八台かなんかで、畳ひく人間も一緒にバスで行ってもらって、バアッと一日でひいてきた。これ、大変喜ばれたんですけども、先程、大野さんに聞いて確認したんですけども。その問題。
それともう一つすぐでてきたのは、トイレです。トイレが、汚い話ですですけども、あふれてしまう。そういうときにトイレ凝固剤というのがあるんですよね。用足したものを薬を入れると固まってそれをゴミとして捨てることが出来る。ただそれが無いんです。物が。ヘリコプターで送りました。ただ我々も情けなかったのは、県内のどこにそれがあるか、すぐにはつかめなかったんですけども、老人ホームにありました。老人ホームに何百人分かあって、それを急遽運んだ。これも、やっぱり、そういう情報を得てこないとなかなかすぐにできないんですよね。
避難所の問題とその次に出てくるのは仮設住宅なんです。さっきもちょっと出ましたけども、あの、スライドで。仮設住宅も、今回の北部連続地震のときに宮城県の。感じたのは仮設住宅に入らないんですよね。それで避難所にもいかないんです。なんでかというと、農業をやっている方は、自分のうちの前に畑、田んぼが広がっていて、そこから離れたところに行くということに非常に抵抗があります。牛、馬、豚、を飼っているということでそれを夜もやんなくちゃいけないというときに、そういう場所の問題ですよね、仮設住宅をどういうふうにおくかという、これはちょっと制度を変えなくてはいけないのかなって思ったりもします。仮設住宅についてはたぶん、他の方々もいろんな問題を把握されていると思いますけどまだまだ、改善の余地があると思います。
一つ自慢話をすると、阪神淡路大震災のときにですね、実は、仮設住宅が必要だとというときに私はすぐに「いや、被災者の中にも車椅子の方もいらっしゃるでしょう。高齢者もいらっしゃるでしょう。」いうことで、バリアフリーの仮設住宅が必要だということ。これは実は、建設業協会、宮城県の建設業協会の方にもお話をして資材を持って、もちろん大工さんなんか、むこういないんで、人でも含めてですね、芦屋と尼崎に送ったんです。で芦屋も二十人分のバリアフリーの仮設住宅をいわば、現物でプレゼントしたんですよね。大変喜んでもらったのですが、これには、実はおまけの話がありまして、その二十戸の仮設住宅で高齢者の人だけを入れるってことじゃなかったんです。高齢者、それから車椅子の方、ちょっとした障害を持った方、いろんな方まぜこぜで入ってもらったんです二十人そしたら、それがですね、共生型グループホームの雛型になったんです。つまり、それはほんとは避難のための共生住宅なんですが、新しい福祉の姿になっちゃったんですよ。それは、芦屋の老人ホームをやってる方に運営をお願いしたんですが、あとで「浅野さん、浅野さん、これが実はすごく良い効果を発揮しました」つまり、それぞれの人の役割認識が出てきて、高齢者の方が車椅子の方の面倒を見たり逆だったり、ということで、そんなような動きがあった。これは、こぼれ話なんですけど・・・。 まあ、それも含めて避難所それから仮設住宅いまのままでいいのか?もうちょっとですね、きめの細かな対策というものをやっていかなくてはいけないのか?まだ、反省のうちなんですけども、そんなことも論点としてあろうと思います。
小野寺
はい。ありがとうございました。では、レスキュー隊で活躍をされている伊藤さんのほうからも避難所の問題でお話いただければ。
伊藤
私は、ボランティアセンターのほうに多く居たんで、避難所のほうにはあまり行ってなかったんですけども。先般、仙台市の震災対策会議の終わりのあたりに、仙台市の防災訓練の話がちょっと出ました。そのときにですね、実は指定避難箇所、場所、というのは仙台市であれば、市立小学校、中学校、高校、県であれば、県立高校ってなってるんですけども、私立の学校を、今の状態では違うんですけどね、練習のときも、訓練のときも私立の学校をですね、協力してもらえないかというような話が、ちょっと出たんですよ。実は皆さん後存知のとおり、高齢化、高齢化といってますが、ある町内の、仙台の真ん中辺にある、ある町内なんですけども、高齢化が進んでまして、そこの町内ではですね、指定避難場所に行くのに十五分ぐらい歩いていかなくてはならないんだそうです。ところが、すぐそばに私立の立派な高校とかですね、幼稚園とかですね、そう言われるとだいたいどの辺かわかると思うんですけど・・・。あるっていうんですよね。たしかに日ごろからそういうことを、やっておかないと、「いざ鎌倉」というときに、大変なのかなと。そのへんは行政のほうから少し、プッシュしていただくとかですね、町内会ではなかなかできなかったということでしたので、是非、そのへんお願いしたいと思います。避難所の見直しも含めてお願いしたいところなんですけども。あとはですね、公的な場所だけじゃなくてですね、民間とのですね、民間でも立派な工場とか、そういうものが、持ってる企業がありますんで、平常時にそういう民間の立派な施設と、約束をしておいてですね、いざというときに、おたくの工場のどこそこ貸してくれというような、そういうふうなお願いをしておいてですね、提携をしておいたほうがより有効じゃないかと思っております。実際、長岡のほうに行きましたら避難所が無くて、農道の方にすごい車がたまってたんですよね。何かと思ったら、やっぱりそのとおり、車で寝ているんですよね。そういうのを見ると、ほんとにプライバシーの問題もあるしですね、もう屋根の下にいたくないというような、精神的な問題もあると思うんですけども、そういうのを目のあたりにしたというのもひとつあります。
そして、実は、小地谷のほうに行ったときにですね、ボランティアはですね、寝るところがないんですよね。まあ、避難所とボランティアの話しをすると、話が「あぺとぺ」になって申し訳ないんですけども、ボランティアはもうテントで寝てるんですよね。避難所も大変ですけども、ボランティアの寝るところがない。なぜ、寝るところがないかというと、時期も時期だったんですけども、報道機関とかですね、あとは、ライフラインの復旧の人たちがほとんど泊まれる宿には全部うまってしまってる状態なんですよ。もう十月にもなって寒いのですけども、ひじょうにその、ボランティアが全国各地からから集まってもですね、泊まる場所がないということもありまして、そのへん我々もどうしたらいいのかと、思っておったんですけども、たまたま、これは、私も手前味噌になるのですけども、七月の三条の水害のときにですね、宮城県から二回ばかりバスを引っ張っていきましたけど、そのときに三条市のですね、社会福祉協議会から、宮城県からわざわざ来ていただいてということで、感謝されておりました。で、長岡かいわいの、地震にあっては泊まる場所がなくってですね、我々は、どこに泊まったらいいのかということを、ふと、考えた場合にですね「じゃあ、三条にもう一回お願いしよう」ということで、三条市まで北上しまして、三条市から場所を提供されて、道場とかですね剣道場とかそういうようなところを提供されて、泊まってボランティア活動をしてきたわけですけども、是非その避難所も含めてボランティアを有効にね、活力あるその力で復興するためにはそういう力も必要なんで、その辺も是非、考えていかなくてはいけないのかなと。で、小地谷のほうではですね、立体駐車場のパチンコ屋があったんですよね。パチンコ屋は当然もう、ぜんぜんだめですよね。
パチンコどころの話しじゃないですよね。そこにですね、そこの駐車場は、二階か三階建てだったのですが、立派な鉄骨で出来ているんですよね。それは、駐車場は安泰だったんです。そこを災害救援の物資置き場とかですね、ボランティアのテントを張るスペースとかですね、そういうようなものに使っておったということもあります。ですから、公的な場所だけではなく、民間のその有効できるところ日ごろから約束事をしておけばですね、いいのかなと思っております。
小野寺
はい。ありがとうございました。大臣あの、避難所というのは、公共施設が多いのですが今、民間のほうも含めて対応する、あるいは、公益的な対応が必要じゃないかと思いますが、どうでしょうか。
北側
これから、防災公園。特に都市部においてははですね、防災公園というものをですね、しつかり、作っていくことが非常に大事だと私は思っております。その、防災公園に行きましたら、食料とか、水とか全部ある。先程あった発電の話も自家発電が出来る。また、避難場所も、日ごろは体育館で使ってるのだけれども、避難場所もある。そういう防災公園をですね、これはなかなか費用のかかること時間のかかることではあるんですけども、やはり都市部においてはそういう広域的な避難地域としての防災公園をしっかり推進していくということが、非常に大切かなと思っております。東京なんかは、今、直下型地震とかいわれておりまして、非常に関心があるんですけども、この、防災公園をあっちこっちで作ろうというふうにですね自治体のほうは、やっているところでございます。
それと、この仙台市、地震等の災害があったときに最初に問題になってくるのがライフラインの話しなんですよね。それは、水であったり、水道、下水、ガス、電気、電話等々、ですね、このライフラインをしっかり確保する、そうきゅうに復旧するということが非常にどの災害の場合でも非常に大事だと思います。
ひとつだけ、申し上げて恐縮なんですが、いま、この仙台でも共同溝というのをやってますでしょう?皆さんご存知ですか、共同溝。これ、仙台でやってるのですけども、共同溝というのはですね、その管の中に、水道管から、下水道から全部、管が全部一つの大きな管の中に全部入っているんです。それで、部屋がありましてですね、部屋が分かれてまして、あの、一時水道工事だといって土を掘り返してですね、ガス工事だといってまた土を掘り返してですね、こういった作業でいいんです。そこに入っていったらすべて全部。東京ではこの共同溝がですね、今年、ほぼ、中心部において共同溝のネットワークがですね、完成します。そうしますと、どういうことになるかといいますと、共同溝というのはね、耐震性しっかり当然やっております。ですから、少々の直下型の首都圏で地震が来てもこの、ライフラインのところは、少なくてもこの中心部のですね、このネットワークを目指しているのですがこれはもう大丈夫だということでございまして、こういう共同溝をですね、これも少し時間がかかるんですが、やはりこの仙台市内においてもですね、このネットワークを作っていくということが、いざ、そういう災害があったときにライフラインが非常に大事だ。
もう一点だけ言わせていただきますと、やっぱり道路なんです。道路。皆さん道路の下にだいたいね、いろんな管が通ってますでしょう。道路というのはやっぱりね、ライフラインの非常に大事な一つでして、あの中越のときもですねやはり、道路が分断されてしまったんですよね。出来るだけ早く復旧をしていただきましたけども、道路が分断をされてしまうとですね、避難もできません。車両通れない訳ですから。避難物資も届けられない訳ですよ、救援物資も届けられないんです。やはり、地震に強い道路というものそれもできたら一般ではなくてですね、一つの地域に二つの線があるとかですね、片一方がだめでも、片一方が使えるとかというふにですね、こういう道路について、やはり、地震にも強い道路整備をしっかりですね、しておくということは、それは、防災対策としても被害を最小化するためにも非常にですね、大事なことだというふに思っております。
小野寺
ありがとうございます。行政のほうでも、避難所の空間をいろんな形で整備していただき大変ありがたいなと思います。ご参会の皆さんライフラインが止まった場合に、例えば飲料水の確保とか、非常用品の確保とか、これは自助努力でしっかりしていく、そういう質があると思います。それでは、時間がだいぶ経ってきましたので、今日はそれぞれ、民間行政の立場の方々がいらっしゃります。なにしろ限られた時間で防災の対策に取り組むのは難しいこともございます。いままでここでとりあげられなかった点もありますので、皆さんからですねこれだけは、お伝えしたいと、いうことについて、お話をいただければと思いますけどもそれでは、大臣最後にお願いします。では大野管理監のほうから、お願いいたします。
大野
まず、ほんとにさっき浅野知事さんが、畳の件をお話いただきましたが、ほんとに感謝いたしております。実は私もその上でちょっと寝かしていただいたんです。ほんとに、知事さんはじめ県民の皆さんにほんとに、中越地区の市民を代表いたしまして御礼を申し上げます。ほんとにありがとうございました。(大拍手)
本来、大臣がおりますんで大臣にもいくつかお願いを申し上げたいことがあったのですが、実は先般、陳情にお邪魔をさせていただきましたので、改めてまた陳情にお邪魔させていただきますので、よろしくお願をいたします。
実は私も首長をやっておりました。皆さんにちょっと考えてもらいたいんですが、どうしても二、三言わしていただきたいのですが・・・。
神戸と新潟中越地震わかりますか?被害で火災がほとんどなかったですよね。ましては、PM5:56という、夕飯時です。私の家内も油を使ってました。なぜ火災が起きなかったんだ。これは神戸地震の教訓を生かしてマイコンメーターをガス器具に取り付けた。これが非常に大きかったんです。ですんで必ず、そうやって学習しながら勉強していけば必ず、災害を少なく抑えることが出来ると私は信じております。
そして、今日は、首長さんたちもお出でですので大変恐縮ですが、これだけは一つお願いしたいのですが、実は災害が長期化いたしますと、職員の健康状態が非常に不安になってまいります。実は私どもも、寝ずに三日間、インスタント食品で非常食で過ごしました。職員が一番大事なときに高度な行政サービスをしなくてはいけない職員が体調を崩しておりました。事情を聞きましたら、汚い話ですが通じが三日も四日もないという方がたくさんいました。で、私どもも考えまして、とにかくじゃあ自衛隊の皆さんに頼んで生野菜をいっぱい食べさせてみようということで、たくさん職員の皆さんに食べてもらいましたら、次の日から、また一週間頑張れるといって、通じがあったって言っておりましたので、職員の皆さんにもどうぞひとつ食事は充分配慮してやっていただきたい、たぶん災害になった場合は職員の皆さんも役所の中で泊まり込みだろうと思いますので、そのへんも充分お願いしたい。こう思っております。
そしてまた、実は私は被災地、被災された方、避難所に、何人かのお年寄りにいろんな話しをさせていただきました。「おばあちゃん何が一番不安だった?」さっきいいました光がなかったこと。「じゃあ、何が一番安心した?」光がついたこと。そして、「まだありますか」と聞いたときに「制服の姿が多く見えた」いわゆる自衛隊の皆さん、常備消防、消防団そしてわれら市役所の作業着、そしてまたボランティアの皆さんの統一した衣服を見たときに非常に安心感が醸成されたと、こういう話を聞きました。やはり、ボランティア活動をやるときもそうなんですが、やはり、統一したなにかの服装で我々がここに居るから安心ですよと訴える制服も今後は必要ではないかな。そんなことを感じさせていただきました。以上でございます。
小野寺
はい。ありがとうございます。では民間のほうで、京谷会長さんどうぞ。言い残していることがあれば・・・なければ、いいのですけどね・・・。
京谷
たくさんあるのですけどね、せっかく、北側大臣とこうやってお話ができるのは、私の一生の間であと二度とないと思いますので・・・。
お願いしたいことがひとつあるのですけども、こんな話をすると、わかる人とわからない人と半分ずつぐらいいると思うんですけども、終戦後ですね、無法状態で都市化された部分がまだ全国に残ってるんですよ。ようするに、仙台市内の中にも赤印マークの町が残ってます。道路が狭くてブロック塀で仕切られて、そういうような空間に万が一、地震がきた場合ですね、ブロック塀がたおれる。火災が起きる、避難ができない、あるいは救助作業が出来ない。そういうふうな赤印の都市整備がまだ、出来てない部分がですね全国どこにどれくらいあるかは私もわかりませんけども、残ってるはずなんです。仙台市にもあります。そういうふうな基金、地域の整備の強化と促進をですね、是非、災害を免れるためにですね宜しくお願いしたいなと、そんなふうに思っております。
小野寺
はい。ありがとうございます。では、伊藤委員さんどうぞ。言い残していることとかありましたらお願いします。
伊藤
私のほうからはですね、言い残しというとあれなんですが、私はですね、ここにたぶん書いてあると思うんですけども、宮城災害ボランティアセンターというところのメンバーです。その、もっと母体は宮城レスキューサポートバイクネットワークというバイクで防災活動をしている、ところの事務局長をしているのですけども、宮城災害ボランティアセンターはですね団体約、五十団体現在ですよね。個人がだいたい、六十名ぐらいです。で、すべて、民間ということで、この間まで、県の社会福祉協議会の事務所に事務局をおいてましたけど、この三月に社会福祉協議会の事務所を離れまして、単独に事務所を持つことが出来ました。ただそこにはですね、アルバイトのおばちゃんが一人というと、私の女房なんですけども。なぜかといいますと、いないんですね。その、非日常的なボランティア活動、災害救援ボランティアというのはですね、いないんです。私も、普通の会社の社員です。サラリーマンです。メンバー、運営委員というのはですね学校の先生もおりますけども、ほとんど、会社が終わってからそこに毎週のように、集まってですね、ここにも何人かおられますけども、そういう状態なんです。そういう団体で県の地域災害防災計画というのがありますけども、県内で地震が起きた場合は県の社会福祉協議会と宮城災害ボランティアセンターと協力して、ボランティアセンターを立ち上げて運営していくように今、現在なっているわけです。ただ、さき程から言ってますとおり、とにかくその、お金とですね、常員というのかですね、常駐する人がいないんですよね。それで、誰もいなくて崩壊するわけにもいかないし、ちゃんとした、NPO法人でもございますんで、是非、皆さんのご協力をお願いしたいと共にですね、ひとつボランティアセンターを立ち上げるのもですね、先程、大野さんが言われましたとおり、職員も大変なんですけども、ボランティアも結構大変なんですよ。一般ボランティアは、いっぱいくるんです。それは、土曜日曜とかですね、自分の空いている時には来られるんです。ところが、ボランティアコーディネーター、スタッフがいないんですよ。三日四日続けて活動できる人がいないんです。で、三日四日して手伝ってくれる人は、Aさんから、Bさんにお願いして、Bさんから、Cさんにお願いしていって、そうやって、ボランティアコーディネーター、スタッフ活動しているんです。で、活動する時間もですね、一般ボランティアは大体、9:00から16:00ぐらいボランティア活動をやるんですけども、スタッフは大体、6:00から20:00、21:00ぐらいまでずうっと、ボランティア活動をやっているのです。これは、自分のお金でご飯を食べて寝るところも全部すべてそうなんですよ。で、いいたいのはですね是非、皆さんから賛同をいただき、また、県知事からですね、そういう実態をちょっとわかっていただいてできれば、どっかで災害があったときはですね、県のほうから委託ということでですね、ポーンと百万、二百万「お前ら言って来い」・・・(大拍手) そういうことをですね、実は福井県の知事さんが、非常にボランティアに、ちょっと長くなりますけども、福井ほうはですね、私は水害のときも、それから、地震のときも、福井のボランティアの理事さんに会いましたけども、なんと、県の役員と来ているんですよね。NPO法人が。そして県の役員が来て、たぶん大野さんもご存知だと思うんですけども。そういうふうな県のですね、防災姿勢というのですかね、やっぱり、知事さんが「俺はやるぞ」となると、県民も、もっと熱が上がってくると思いますし、とにかく、毎日やってるボランティア活動ではないと、いうことなんです。で災害起きたとき、助けてくれといったって、私も実は若林の土地の悪いところに住んでいるんです。きっと地震がおきたら一番先に、あの、くたばっているかも、しれませんですけども、まあ、そうならないうちに、いままで覚えたことをですね、皆さんに伝授したいと思いますので、ひとつこれからも宜しくお願いします。
小野寺
どうも、ありがとうございます。それでは、浅野知事からも「よし、わかった」とこういうことで是非、お答えいただければとこのように思います。
浅野
ほんとに、伊藤さんなんか、言い残したことというような話しになっちゃったんだけど、そう聞いたら「わかった」と大事なことだと思います。こうやって、やってくださってる方に、応えなくてはいけないと思います。
私のからは、ちょっと、大臣がいらっしゃることを意識してふたつ。
ひとつはですね、住宅の再建。これもうずっと長くから問題になってるように、住宅の再建に、国はお金は一銭も出しません。これはですね、お金がないってことではないんですね、理屈の問題で、大臣も充分意識しているように、伝統的というか理論的にですね、国の税金は、その個人の財産を増やすためには使わないという伝統があるんですね、基本的な考え方は。ですから、災害も例外ではなくて、災害、例えば、いろんなものをどけるとかですね、それから、家具とか生活の再建支援のためには出すけども家を直す、建て替えるということに、国のお金は出せないということなんですけど、じったいはですね、そうじゃすまないということがあるので、これはちょっと・・・。私いま、ここで大臣に会ったとかですね、ということではなくって、広く税金の使い方としてどうなんだろうかと、いうことを、みんなで考えていく必要があると思うんです。ただただ、やってくれというだけではすまない。自分たちだけが、被害を受けるわけではなくて、みんなでそういう時にどうするんだというまさに共助ですけどね。これは、少し議論をしておかないといけないと思います。
もうひとつ、議論をしておかないと、準備をしておかないといけないのは首都機能移転の問題なんですけども、これ、いつのまにかなんか、ぽしゃってしまいました。元気なくなりました。これは、いろんな、原因が首都機能移転の必要性の議論があったけど、ひとつは災害なんですよ。東京が、大震災の被害を受けたらどうなんだと、だから、国会も移しとこうということだったんですが、これいまでも、東京が震災受ける可能性がもちろんあるんですけど、首都機能移転は、首都機能移転の大きな議論として、サブの分都を作っとかなくてはいけない。で、全部どっかに一ヵ所に集める必要はないんですよね。例えばある機能は仙台にちゃんと取っとこうと、これは、必ずしも行政機能だけではなくって、いろんな、銀行のデーターとか、実際、やってますけどもね、いろんな機能をあらかじめ分散をして、なにか事があったらば、大体できるということができなければ、日本の国はこれ、東京がやられたらば、滅びてしまいますよこれ。ということも、自分のとこだけの災害を考えますとですね、日本全体で考えるとまさに今は、東京がやられたらどうするということもですね、それぞれ、考えていかなくてはいけないのではないか、これは大臣のお仕事の一部かもしれませんが、思いましたので申し上げました。
小野寺
ありがとうございました。では、最後に住宅支援再建制度の運用のこともございましたが、まとめて、お願いいたします。
北側
今日はほんとに、貴重なご意見をちょうだいいたしましてありがとうございました。
住宅再建の話しにつきましては、これは、国会のほうでも、これまで、そうとう議論をしているところでございます。非常に重要な課題だと思っております。私は個人的にはですね、例えば、中越の場合ですと、長岡をはじめですね、被災地の地方自治体については、そういう制度をもちろん、要件は決めて、限度額は決めてですね、これは、やらざるおえないのですよね、地方自治体のほうは。そういう場合に国がですね、何もしなくていいのか、もちろん、いろんなですね、制度はあるんですよ。住宅本体そのものに対する支援についてはですね、これ、理屈の話しがひとつあるのですが、やってないんです。これは地方自治体がそういう場合にやってる場合にですね、やはり、そういう制度は、これほんとに検討しないといけないんじゃないかと、私も思っておりますが、なかなか、そこまで国会の中の議論が集約されていないのがいまの現状です。問題意識は強くもっております。
それからいま知事さんのほうからありました、首都機能移転の話でございますが、おっしゃってるとうり、東京がやられたら、もう日本だけではありません。世界の経済にもですね、これはもう、大変な影響を与えることは間違いないわけでございまして、そういう意味で、おっしゃっているバックアップ機能というんですけども、東京が仮に機能がですね、一部でやられ、全部であれ、それがもう停止するような状況になった場合にですね、ほかのちいきでですね、きちんと機能を果たせる、そういうふうな、ことはですね、非常に大事なことであると思っております。これも国会で長年儀異論していることではありますが、これはまたですね、難しいのは「いやあ、わしとこで、来てよ」という、話しがあったりしましてですね、なかなか前に進まなかったりもしてるという実情もあるのですけども、ただ、一方で、東京を中心とする首都圏について、ここを強い都市にしていくこともやはり、一方で非常に大事なことだとも、思っております。
最後に一点だけ、私、昨年のですね台風の21号のときですね、これは関西地域が非常にやられました。いや、21号は四国です。四国と三重県です。で、台風23号がですね、これはもう、全国あちこち、もうほんとに、台風が縦断していきましてですね、えらい被害が、あったんですが、この台風23号のときですね私翌日、皆さん覚えてらっしゃいますかね、バスがですね、京都のですね、あれ、由良川という川が氾濫いたしましたて、バスの上に乗っかって朝までずっと避難されたという、あの、由良川とか。隣のね、兵庫県豊岡市なんですが、丸山川ってあるんですよね。両方行かせてもらったのですが、丸山川のほうはね、堤防が決壊したんです。そのとき。大きな川なのですが、堤防が決壊するこんなことになるのかと、いうようなものをまざまざと、見せられました。豊岡市というのは大きな町なんですが、市の大半が、水浸しになりましてですね、大変な被害になったんですけども、ただ、一点だけ良かったなと思ったのは、死傷者が少なかったんです。死者はあんな大災害、湖が急に出来た形です。死者はお一人だったんです。避難所に行かれたのですが、家が心配で戻られて、その方は亡くなられてしまったのですけど、残念だったわけでございますが。私はね、家屋の損壊の被害は大きかったんですけども、けが人が、ほとんどいなかったと。なぜいなかったか、それはですね、こういう災害時のときの情報がですね、的確に流されたんです。もう、川が決壊するですね、急に川が堤防が決壊したらもう大変なことになったと思うんですけども、「危ないぞ、危ないぞ」というようなことをですね、かなり早い時間帯から気象庁、河川事務所、豊岡市、ここがもうしっかり連携を取ってですね、市長は避難勧告を出すわけですよね。かなり、早い時間に。そして、避難命令を出します。防災無線が各家庭にですね、ちょうど整備された直後でして、この防災無線を通じてですね、避難命令、避難勧告をずうっと、連絡をしていく。それで、避難された方もいれば、もちろん、家のうえのほうに上がってね、避難された方もいらっしゃるのですけども、そういう情報を的確に流すことによってですね、被害を特に、けが人がひじょうに少なかった。これがもう、その情報が間違って、きちんと流されてなかったらですね、おそらく、大変な被害を出ておったと思われます。そういう意味で、災害時情報。災害時に情報をいかに的確に流していくか、これは日ごろから訓練しとかなきゃいけないわけでございますが、備えをしておかないといけないのですが、ここがやはり、被害を最小化するもうひとつ大きなですね、大事な点だなと昨年そういうのを実際見て、実感をしたところでございます。
また、被災にあってしまったあとはですね、しばらくの間、携帯電話が使えません。これは、中越のときもそうでした。それから、豪雨災害にあってしまったところもそうでした。なかなかもう携帯電話が使えないのです。有線の電話もほとんど使えません。だから、なかなか連絡が取れないんですよね。だから、そういうときに、例えば衛星電話なりですね、使えるようなシステムを、きちんと例えば、行政の、市役所のところには置いてあるとかですね、また、村のところにはどっかに置いてある。とかですね、こういうようなことも非常に大事だなと、こういう情報を、きちんと的確に流していけれるような仕組みを平時からですね、しっかり考えておくことが、非常に大事だというふうに思ってますので、そういうことも、取り組みをさせていただきたいと、思っているところでございます。
今日はもうほんとに、有意義なですね、ご意見をちょうだいして、しっかりとですね、災害に強い日本を作るためにこれからも、頑張ってまいりますので、どうか今後とも宜しくお願いします。大変にありがとうございました。
小野寺
どうも、ありがとうございました。
公表されてます宮城県の資料によりますと、宮城県沖地震被害の想定は調査結果によりますと、マグニチュード8、連動型の海溝地震が仙台に起こった場合には、死傷者の数は、九千人以上に達する。また、被災住宅は六万軒を超えていく。そして、焼失家屋は三千軒にのぼると、すでに公式発表がされておりまして、またそうした地震発生がいつ来てもおかしくないという、そういう状況にあることを、ふまえて、これから、自分が出来るところは自分で、地域で出来るところは地域で、公共でやるところは公共で、しっかりとそれぞれ、役割分担のもとですね、しっかり備えていくことが、被害を最小限にくい止めることにつながると、思います。ご参会の皆様と共々ですね宮城県沖大地震に備えて、しっかりと、備えを万全にしていきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いします。
今日は長時間にわたりお聞きいただきまして、心から御礼申し上げます。大変にありがとうございました。シンポジストの皆様もありがとうございました。